Where are you ?

創世記3章からのメッセージ。「世界の初め」「人間の初め」「結婚の制度」…ここまで神の創造の素晴らしさにただただ圧倒されてきて、一転して雲行きが怪しくなってくる箇所です。日曜日にここから話するのは3度目ですが、何度読んでもため息が出てきます。でも、今はイエスさまにある平安があること、そして、図らずも?横にいたムーミンたちに励まされながら説教準備に取り組みました。

 

『あなたはどこにいるのか』(創世記3:1-13)メッセージ要約

神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。『あなたは、どこにいるのか。』

 讃美歌90「ここも神の御国なれば…そよ吹く風さえ、神を語る」かつて神である主が人間の為に用意された楽園「エデンの園」を思わせるような曲です。そうした美しいエデンの園において、人間はサタンの誘惑によって最初の罪を犯してしまうのです。

 この箇所には、「サタンの誘惑」と「神の試練」の両方が描かれています。サタンの誘惑は人間を陥れることが目的であり、一方で、神の試練は人間を試すことが目的です。悪意と善意…。私たちはまずこの3章が歴史的な事実して心に留めなければなりません。サタンの誘惑は今も私たちにしたたかに忍び寄ってきます。言葉巧みに神のことばを歪め、神への疑いを挟み込み、心の動揺を誘い、少しずつ神の恵みを見失わせていきます。神のことばも曖昧になり、すっかりサタンの言葉に魅了された人間は、あっけなく罪に堕ちていってしまったのです。そうして二人の目が開かれてわかったのは、神のような姿ではなく、自分たちが裸である(何もかも無防備の状態)ことと神との約束を破ってしまったという事実でした。「そよ風の吹く頃」人間は主の声を聞くと思わず主の御顔を避けて身を隠しました。神である主は、そうした一切のことをご存知の上で、「あなたはどこにいるのか」と声をかけられたのです。それは単に居場所を尋ねる言葉ではありません。彼らがいるべき本来の場所は、霊的な意味での主の御顔をまっすぐに見上げられる場所でした。どんなに時代が変わっても、人間の罪の本質は変わることはありません。神はそんな人間のために、ご自分のひとり子であるイエス・キリストをお遣わしになったのです。1 テモテ2:5,6。