主に身を避ける…

教会のデボーションは詩篇11篇から。「主に私は身を避ける。」ダビデがサウル王に命を狙われ、逃亡生活を余儀なくされていた時を思い描きます。友人たちは鳥のように自分の山に飛んで行け(逃げるしかない)と助言しますが、ダビデの心は主に向いていました。その根拠は4節からの神への信仰告白に表されています。主は聖なる宮から、私たち人間をよくご覧になり、正しい者を守り、悪者を罰せられる方です。ソドムとゴモラの滅亡の際にもアブラハムのとりなしの祈りによって、神は慎重に正しい者と悪者を判別され、裁きを下されました。親しい友人や同僚のこの世的な助言も、時に助けになりますが、自分にとって真の拠り所はどこにあるかを見失わないでいたいものです。「主は正しく、正義を愛される。直ぐな人は御顔を仰ぎ見る。」それが信仰者の最終的な目標であり、力と平安の源です。主は必ずあなたを守られる。ダビデの揺るがない信仰に倣いたいものです。