教会内の活動&牧師ブログ

あなたは「教会」にどのようなイメージをお持ちですか?厳かに礼拝を捧げる、敬虔なクリスチャンが集まる、お年寄りが多い、堅苦しい話しを聞かされる、信仰を勧められる…など。確かにそういう面もあるかもしれませんが、実際に行ってみますと、思ったより敷居も高くなく、洗礼を受けておられない方も来られていて、年齢も老若男女さまざま…だれもがリラックスして過ごせる場所です。ここでは、MGBCの日常の様子を牧師の雑感、備忘録日記でご紹介しています。ご質問やコメントなどがありましたら、お気軽にこちらまでお願い致します。

心が疲れると体にも…

今朝は冷たい雨とともに始まりました。ハートフル英会話の講師・グレイス先生は、カウンセリング、チャプレン、コーチングなども専門的に学んでこられた方なので、いつも興味深い話しをしてくださいます。Thoughts → Emotion → Physical sensations → Behaviours → Thoughts …頭で考えていることが、いかに行動や振る舞いにも影響を与えるかについて。確かに、心が疲れると体にも影響を与え、体が不調になってくると心にも影響を与えることがあります。繋がっていますね。今、なかなか元気が出ない…意欲も湧いてこない…という方、どうか心と体に十分な休息をとってあげてください。「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」教会で静かに祈ることも、少し気持ちを楽にしてくれるかもしれません。

宥めを行い、彼は赦される…

日差しが差し込んだかと思えば、時より小雨が降る不安定なお天気…全国的な雪不足が続く中、週末にかけて雨の日が続くとのこと。今日の水曜祈祷会はレビ記5:14~、神あるいは隣人の所有する財に対する代償のささげ物についての規定でした。旧約聖書のレビ記と言えば難解なイメージですが、そこには神の義と赦しの道がはっきりと示された書物です。人間的な価値観や道徳観にたって聖書を読み込もうとする現代の私たちにとって、ただ主の仰せられたことに従うことの大切さを教えられます。「しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒された。」私たちの罪のために、黙して十字架にかかり、宥めのささげ物となってくださった主イエスの愛を心に覚えました。

「突然」の前に祈りあり…

北摂の牧師会で関西キリスト災害ネットワークの活動について説明をさせていただきました。ある先生が最初のお奨めで、使徒の働き16:11~からお話しをしてくださいました。神のわざは、いつも突然起こったかのように私たちの目には見えますが、実はその前に賛美と祈りが積まれているということでした。なるほど著者ルカは、ペンテコステの時も、パウロに天からの語りかけがある時も、ペテロたちが牢から助け出される時も、「すると突然…」という言葉を印象的に使っています。何かが起こる前にはだれかの切なる祈りが神に捧げられていること、大事な視点だと思いました。関キ災の活動も、準備会の先生方の祈りと奉仕によってより具体的な形になってきて、いよいよ3月23日に発足会を行う運びにあります。ぜひ皆さまのお祈りにも加えていただけれたら幸いです。

光の中を歩む…

1月第三主日、いつものように子どもから大人まで大勢の方が教会に来られました。礼拝メッセージはⅠヨハネ1:5~。使徒ヨハネは教会内に入り込んだ誤った教えに対して正しい真理を教えました。神と交わりを持っていると言いながら罪の生活に耽っているとしたら、それは光の中を歩んでいるとは言えません。「神は光であり、神には闇が全くない…」確かに光の前に出ると自分の影ははっきりうつって、闇の中にいれば影は気にならなくなります。でも、『光の中を歩む』とは罪を全く犯さなくなることではなく、自分の罪を告白するなら、神はその罪を赦し、すべての悪からきよめてくださることを信じて歩むことです。サタンは「お前はそれでもクリスチャンなのか」と責め立ててきますが、それでも神の義と愛はかわらないことを…あの十字架は教えてくださっているのです。

For we are God’s …

聖書の大きな特徴の一つは、私は何者なのか…という問いに答えていることです。For we are God's masterpiece. He has created us anew in Christ Jesus, so we can do the good things he planned for us long ago. masterpieceという単語には『傑作、名作、逸品』というような意味があります。ある人が『神は最高の芸術家』という表現をしましたが、だとすると、その最高の芸術家による世界でたった一つの傑作品が『私』ということです。しかも、creationという単語には目的をもって神が造られたこと、in Christ Jesusという言葉には私たちの存在の根拠がキリストにあるという真理が表されています。クラーク博士のあの有名な言葉も思い出しました。ハートフル英会話のチャペルタイムでは、いつさまざまな英語の聖書を使いながら、日本語の聖書とは違った感動を味っています。

悪魔の策略に対して…

昨日は関西キリスト災害ネットワーク世話人会がありました。おもに全体趣旨の確認、今後のスケジュールについて話し合いました。災害も何も起こらないに越したことはありませんが、もしものために…今からできる限りの協力体制を築くことは大切だと思います。さて、今年の水曜祈祷会も今日から再開です。エペソ6:10~、「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。」月曜に続いて、今日も悪魔の策略についての分かち合い。悪魔の策略か?神の試練か…?その見極めは本当に難しいことです。ただ言えることは、悪魔の策略は間違いなくあること、私たちは自分の弱さを認めること、その上で神のすべての武具を求めることが必要です。悪魔に対して過信も軽視もどちらもいけません。皆さんもご自分の周りの環境をあらためて点検してみてください。

わたしはこれを喜ぶ…

日差し暖かな冬晴れの日、今日は成人の日。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。」という声が天から聞こえてきそうな朝、小さい頃から教会学校に通っていた女の子が成人式を迎え、教会に挨拶に来てくれました。聖書にも12歳のイエスさま(ちなみにユダヤ人は13歳で成人を迎えます)がヨセフとマリヤのもとを離れて神殿で立派にふるまう姿が描かれていますが、やはりあれは重要な場面だったのだなとあらためて思わされました。今日は関西宣教区恒例の新年聖会もあり、東御キリスト教会の辻浦牧師をお迎えしてメッセージを取り次いでいただき、普段あまり耳にしない話しに(悪魔祓いの証しなど…)ちょっとびっくりしましたが、💦午後の宣教区会議も無事に終わり感謝でした。明日も会議、明後日も会議、一日空いてまた会議…と、日常が戻ってきました。

祝福が満ち溢れるために…

1月第二主日、礼拝ではⅠヨハネ1:1~4から「祝福が満ち溢れるために」というテーマでメッセージを聴きました。老年の使徒ヨハネはその手紙の冒頭で、自分が実際に目で見て、耳で聞いて、手でさわった方について、そのリアリティを熱く語り出しました。この方は永遠のいのちそのものであって、私たちの前に現れてくださったのだと繰り返し記すのは、当時すでにキリストに対する謝った考え方が教会に入りこもうとしていたことを意味しています。いつの時代も、私たちが正しい教理に立ち、喜びに溢れる、正しい信仰生活を送るには、常に聖書の教えに耳を傾けていかなくてはなりません。「これらのことを書き送るのは、私たちの喜びが満ち溢れるためです。」今日は聖餐式、役員就任式もありました。今年もみことばに根差した教会形成を覚えて歩んで参りたいと思います。

召しにふさわしく歩む…

今朝のディボーションの箇所はエペソ4:1~。「召し」(Calling)とはキリスト者になるようにこの世の中から呼び出されることで、「教会」とはそうした人たちの集まりです。キリスト者と言えども完璧な人はいません。正直、互いに意見の合わないこともありますし、さまざまな摩擦が起きることもあります。でも、そうした者同士がキリストにあって一つとされ、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、互いに成長していく…それが教会です。召しにふさわしく歩む…それは自分の力では難しく、聖霊の助けが必要です。それゆえ教会のかしらはキリストであり、私たちはその体なのです。日曜日に皆さんの笑顔が少しでも増えたらと思い、プランターの花を新しくしてみました。今、体調を崩している方、病と戦っている方、悲しみの中にある方…の上に主の慰めと癒しをお祈りします。

英会話冬期コース…

今日からハートフル英会話の冬期コースが始まりました。大人クラスは、デプテーションで帰国中のレイチェル先生に代わって、ハワイ在住のグレイス先生が担当してくださいます。彼女の英語は聴き取りやすく、カウンセリングやコーチングの資格も持っておられるので非常に教え方も上手。そしてご自身の様々な経験から、あまり耳にしないような専門的なお話まで聞けて、楽して為になるクラスになりそうです。キッズクラスは、4人のお子さんのパパでもあるホゼア先生が担当してくださいます。こちらも子どもたちの気持ちをがっちり掴んで、笑い声の絶えないクラス。やっぱり英語は楽しく身につけるのが一番でしょう。なんと言ってもハートフル英会話の魅力は、新しい出会いの場です。体験レッスンも受付中。今日も一日、大勢の方が教会に足を運んでくださって感謝でした。

新年礼拝(講壇交換)…

2020年最初の主日礼拝は恒例の講壇交換から始まりました。原市場聖書教会の若村牧師がマタイ14:22~「恐れたペテロ」をテーマにメッセージを取り次いでくださいました。風を見て、波を見て、ペテロが覚えた恐れ…それは私たちもしばしば覚えてしまう恐れです。そんな私たちに「なぜ疑うのですか」と声をかけてくださる主の臨在をいつも忘れないようにしたいものです。若村先生、お薦めです。私も原市場聖書教会でメッセージを取り次がせていただきました。空が広く、美しい山に囲まれ、空気のおいしい教会、そして、同じ主を礼拝する神の家族に会えるのは幸いです。今年は私の母も一緒に礼拝を献げることができました。さぁ、皆さまのお正月休みはいかがだったでしょうか。ハートフル英会話は今週木曜日から授業開始です。少しずつ日常生活を始めていきましょう。

信じて祈る一年に…

明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い致します。2020年の始まり、まずは元旦礼拝から。メッセージでは年間聖句のⅠヨハネ5:14からみことばを心に留めました。「何事でも神のみこころにしたがって願うなら、神は聞いてくださるということ、これこそ神に対して私たちが抱いている確信です。」クリスチャンにとって「祈り」は、「霊の呼吸」「神との会話」です。呼吸がなければ生きられませんし、会話は互いの信頼関係を深めるもの。私たちの祈りの答えは常に神の側にあります。その方は私たちの祈りを待っていてくださる方で、何事でもみこころに従って祈るなら必ず答えてくださる、そのことを確信して祈り求める一年にしたいものです。祈りは必ず聞き届けられます。今年もこの小さな教会から多くの奇跡をともに見させていただきましょう。

2019年を振り返りつつ…

感謝と恵みに満ちた2019年が過ぎようとしています。今年は4名の方が洗礼を受けられ、初めて教会に来てくださった方や新しく教会に通い始めてくださった方々もたくさん与えられました。また、病の中にある方々に励まされ、信仰を回復された方々に勇気をいただきました。神さまの絶妙なキャスティングと筋書きのない数々のドラマに…日々驚かされた一年でした。この小さな教会でもこれだけ大小様々な奇跡が起きているのですから、きっと世界中の教会でさまざまな『証し』が語られていることでしょう「世にあっては患難があり。されど、勇敢であれ。我すでに世に勝てり。」問題を抱えながらの年越し…という方々もおられると思います。でも、人生は最後の最後まで未知数です。主とともに歩む人生には思いがけないことが起きます。新しい年を主に期待して迎えましょう。

少年イエスの歩みから…

2019年最後の主日礼拝、メッセージはルカ2:39から。史上最も世界に影響を与えた人物、ナザレのイエス・キリスト。その方の生涯について、聖書はあまり多くは語りません。特にその誕生と十字架の死に至る最後の3年半については書かれてありますが、その中間のことが殆どわからないため…貴重な記述です。12歳のイエスがエルサレム神殿からの帰り道にヨセフとマリヤとはぐれてしまう場面。詳しくはメッセージを。あらためてこの方はまことの人であり、まことの神であること、私たちに模範を示してくださったことを学びました。「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。…すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。」礼拝後は片付けと大掃除、そして…よく遊び、よく語り合いました。どうか良い年末年始をお過ごしください。

泥沼の底から…

今日のディボーションの箇所は詩篇69篇から。ダビデが望みのない深い孤独の中から、神に祈り求める詩篇です。「深い泥沼」「大水の底」「奔流」とは突然にダビデを襲った大きな不幸を譬えています。「神よ、私を救ってください。」人はみな、ダビデのような叫びをすることがあるのではないでしょうか。それは信仰者であっても同じです。しかし、ダビデはこう続けました。「しかし主よ。この私は、あなたに祈ります。」神は私たちをご自身に近づけるために試練をお与えになりますが、悪魔は私たちを神から引き離すために誘惑をしかけてきます。この見極めがなんとも難しいところです。皆さんにとって今年一年は、神に近づいた年だったでしょうか、それとも遠ざかった年だったでしょうか。明日は今年最後の主日礼拝。お忙しい年末ですが、心静めて主の御前に出ましょう。

今年最後の祈祷会…

今日は今年最後の水曜祈祷会でした。マタイ2:13~、救い主にはるばる礼拝をささげにきた東方の博士たちの記事の後、信じられないような残忍な事件が起きました。動揺したヘロデ王がベツレヘムとその周辺一帯の男の子をみな殺しにしてしまう場面。いつ読んでもため息がでてしまい、中にはなぜ神はこんな惨いことを許されるのかと嫌悪感さえ覚える方もいます。でも、マタイはこの短い場面に「預言者たちを通して語られたことが成就するためであった」と繰り返し記しました。いつの時代も、この世界は不条理な出来事で満ちているように思います。神はそんな世をご存知だからこそ、救い主を遣わしてくださったのではないでしょうか。日曜日のクリスマス礼拝から昨日のキャンドルサービスの恵みを振り返りつつ、駆け抜けたクリスマスの余韻を心に刻んでいました。

キャンドルサービス2019

今日はいよいよ待ちに待ったキャンドルサービスでした。平日の夜だったので、どうかな…と思っていましたが、ほぼ席は満席で、少し後ろに椅子を出したくらいでした。そもそもそれほど大きな教会ではありませんし、プログラムも御言葉と賛美でイエスさまのご降誕をたどるという至ってシンプルな内容です。それでも小さな教会の中で御言葉と賛美が響き渡ると、まるでイエスさまと一緒に飼葉桶の中にいるような温かい気持ちになります。今夜のメッセージでは、だれもが抱える3つの灰色の影と救い主誕生の意味についてお話ししました。久しぶりの方も、初めて来てくださった親子もおられて感謝でした。集会が終わった後、年長さんの女の子が近づいてきて「最後のお祈り、とてもよかった」と声をかけてくれました(^^)。クリスマスの平安がお一人一人の上にありますように。

クリスマスの賛歌…

今日はアドベント第4週・クリスマス礼拝でした。メッセージはルカ2:1~、クリスマスはAD4年頃にローマで最初に祝い出されました。キリストの誕生がいつであったか…と言えば、その正確な日はわかっていません。そもそも12月25日はローマ人たちが冬至を境に「太陽の誕生日」として祝っていましたが、クリスチャンたちはこの異教的な祝祭を世の光である方を覚えてキリスト教的に祝ったのです。聖書は、この方は歴史のただ中にお生まれになられたこと、預言の成就としてお生まれになられたこと、全人類のためにお生まれになられたことを教えています。それが私たちが「クリスマスの賛歌」をささげる根拠です。礼拝後はクリスマス祝会として、ポットラックの豪華な食事と参加者全員が出演するファミリーコンサートがありました。クリスマスの喜びに満たされる一日でした。

科学と宗教…

今日はハートフル英会話のクリスマス会で、豪華な食事、楽しい交わり、聖書のメッセージと至福の時間でした。こうした華やかなクリスマスがある一方で、淋しいクリスマスを迎えている方がいらっしゃることも思います。ある方の質問ですが…確かに今日の文明は科学の進歩に支えられています。でも、その一方で、科学的な分析や実存を証明できるもの、体験できるもの以外は信じるに値しないという考え方も強くなっているように思います。では、科学は人間のすべての問題に解決を与えるのか…と言えば、答えはNoでしょう。人間は何のために生れてきたのか、死後はどうなるのか、人生の意義は何か…。そうした人生の本質的な問いこそ「宗教」の領域です。

迎えていただく喜び…

今日は朝の祈祷会の後、二回目のデイサービスへのキャロリングに行きました。毎年クリスマスの時期に訪問させていただけるのは本当に感謝なことです。クリスマスの本当の意味、イエス・キリストは貧しい厩の飼葉桶にお生まれになったこと、神は「これが、あなたがたのためのしるしです」と告げられたこと…など、教会外でこれほどはっきりお話しできる機会は他にありません。数年前は少し訝しい表情をされている方もいましたが、今ではほとんどの方が笑顔で温かく迎えてくださいます。ある利用者の方は何日も前から『教会の歌のコンサートはいつなの?」と楽しみにしていてくださったとのこと。「受けるよりも、与えるが幸いなり」まさに迎えていただく喜びを感じました。きょう、讃美歌とお話しを聞いてくださった方々にクリスマスの喜びが永遠に続きますように。

しかし、私は主を仰ぎ見…

名君ウジヤ王の死後、南ユダ国に深刻な危機が押し迫っていました。預言者ミカは、同胞の民に神からの悔い改めのメッセージを語りますが、その気配は全くありません。「ああ、悲しいことだ…」とミカの嘆きは深まります。でも、目の前の現実がどんなに絶望的でも、ミカは目を天に上げて主への期待を失くしませんでした。「しかし、わたしは主を仰ぎ見、私の救いの神を待ち望む。私の神は私の言うことを聞いてくださる。」『クリスマスが何の日か?そんなのどうでもいい』今日もますますそうした風潮になっているように思います。問題を一度見たら、神を二度見上げなさい。以前お世話になった牧師も仰っていました。問題があることが問題ではなく、要はそれをどう信仰をもって耐え忍ぶか…。その時はわからなくても、その先で主は必ず答え合わせをしてくださるのです。

塊より始めよと思い…

クリスマスイブが近づいてきました。教会では24日7:30pm~キャンドルサービスがあります。バイオリンの調べを聴きながら、キリストのご降誕をたどります。そこでまず塊より始めよ…と思い、あらためて看板の設置と礼拝堂のワックスがけをしました。そもそも日本では『クリスマスイブ』というものを『クリスマスの前日』のように考えている方が多くいますが、実はそうではなく…『クリスマスイブニング』が語源のようです。「神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。」に基づき、教会の暦では一日の考え方を日没から次の日の日没までと考えます。つまり『クリスマス』は、24日の日没から始まって25日の日没に終わるということです。暗闇を照らす真の光として来られた救い主のご降誕を覚えて…聖なる夜を、ご一緒に過ごしませんか。

暗やみを照らす光…

アドベント第三礼拝は玉井邦美師をお迎えして「暗闇を照らす光」というテーマでメッセージが語られました。救い主の誕生は、暗闇の中にいる人々を照らすため、私たちに本当の平和をもたらすためのものです。私たちの置かれている『現実』と、そこからの『救い』について考えさせられました。「わたしはあなたがたに平安を残します。わたしはあなたがたにわたしの平安を与えます。」午後の特別講演会にも、大勢の方が出席され、良い学びの時となりました。私は久しぶりの子ども礼拝のメッセージ。『真っ赤なお鼻のトナカイさん』の歌から、弱さを用いてくださる神さまについてお話ししました。救い主は薄汚い飼葉桶に誕生され、その知らせを最初に告げられたのは、当時、社会的に身分の低い羊飼いたちでした。この曲もクリスマスの大切なメッセージを教えています。

あなたがたに一つのしるしを…

この時期、町のあちこちで見かけるポインセチア。クリスマスを代表する花ですが、よく見ると赤いのは葉っぱで、真ん中の小さいのが花。赤い葉っぱが虫を呼び寄せ、受粉しやすくしているとか…。「それゆえ、主は自ら、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」イザヤはこの預言が700年以上も後に成就されること、さらにその方の誕生がひっそりとした寂しい夜だったことを想像したでしょうか。イエス・キリストは私たちの罪の身代わりとなって十字架にかかり死んでくださいましたが、三日目に死からよみがえり、天国への道を造ってくださいました。クリスマスカラーの赤はキリストの血を意味し、緑は永遠のいのちを表わしています。救い主のご降誕は私たちを救いに導くしるしです。

コールドムーン…

季節外れのコスモスですが、まだまだ元気に咲いています。気づけば今年も20日を切ってしまい、何かと慌ただしい時期になりました。木曜日のハートフル英会話はクラスの終わりにティータイムがあって、私はチャペルタイムがなくても大体お邪魔させていただきます。皆さん、いろいろな引き出しがあって話題は豊富。聞いているだけでも何か得した気分になる時間です。いよいよ来週はハートフルのクリスマス会。久しぶりの方も来られるので楽しみです。今日はクラスの合間にも、いろいろな方が訪ねて来てくださって、まるで『くつ屋のマルチン』のような一日でした。もちろん、夜のクラスの子どもたちもみんながんばっていました!奇麗な月だな…と思っていたら、今日は12月の満月(コールドムーン)とのこと。今年最後の満月、風邪ぎみを顧みずしばらく眺めていました。

ジャッカルのような嘆き…

今日の水曜祈祷会はミカ1章から。預言者ミカに神の啓示がありました。ヤコブの背きのゆえ、イスラエルの家の罪のゆえに、神の裁きが下る。罪とは神がいないかのように自分勝手な生き方をすることですが、もう一つ大事なのは「なすべき良いことを知っていながら行わないなら、それはその人には罪です。」ということ。神の民がなすべき良いこととは何だったのか…。彼らはどこで道を外れてしまったのか…。ミカは同胞の行く末を知らされ、ジャッカルのように嘆き、だちょうのように悲しみ泣きました。私たちもともすると、誰かが殺人罪や窃盗罪で捕まっても、自分はそんなことしていないと安心します。誰かが罪人であっても、自分はそうでないと思う。でも、選ばれた者、愛された者には、それだけの神の期待がかけられていることも、いつも忘れないでいたいものです。

信じることが希望を実現する…

ふと月を見ながら…最初にあそこに行こうと思った人はすごいなぁと。空を飛びたいという希望は飛行機という乗り物を造り、宇宙に行きたいという希望はスペースシャトルを実現しました。遠くの人にメッセージを伝えたいという希望はテレビや電話を生み、今やパソコンやスマホを介してインターネットで通信できるように。物質的なものだけでなく、科学や医学の発見、教育や福祉、芸術や音楽など…あらゆる現場のものが、誰かが希望をもち、誰かが実現を信じたことから生み出されている。初めに心の中に生まれたものが存在するようになる。それは少なくとも一人が、その希望の実現を信じたから。信じることが希望を実現する力になる。もしもの時に備えて…今、関西のキリスト教会の新しいネットワークを造る。主にあって、私も同労の先生たちと希望をもちたいと思います。

kids&Family Christmas 2019…

アドベント第二主日、礼拝メッセージは「マリヤの賛歌」から。少女マリヤに突然の御使いの知らせ。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」まだ結婚もしていないのに身重なんて…戸惑うのは当然でした。それでも彼女は不安や恐れを主にゆだね、信仰をもってすべてを受け入れました。そして親類のエリサベツと喜びを分かち合いながら、マリヤの口から思わず主をたたえる賛歌が溢れてきたのです。「私のたましいは主をあがめ、私の霊は私の救い主である神をたたえます。」このマリヤの純真な信仰に倣う者になりたいものです。午後からはKids&Family Christmas。先生方が準備してくださった人形劇は圧巻の出来栄えで、子どもも大人も引き込まれるように見入っていました。今年は小さな教会がいっぱいになるほど大勢の方がきてくださって感謝でした。

聖ニコラウスの精神…

今日はサンタクロウスのモデルとなった聖ニコラウスの祝日。ロシアではニコラウスは聖母マリヤに並んで最も崇拝される聖人とのこと。彼の伝説は諸説ありますが…苦しんでいる人に自分から手を差し伸べて憐れみ、人目につかないように助ける父親のような人物として伝えられています。子どもの頃、プレゼントをくれるサンタクロウスを一目見たくて夜更かししましたが…いつもその姿は見れませんでした。長年アフガニスタンで用水路建設に尽力された中村哲医師も著書の中で「道で倒れている人がいたら手を差し伸べる…それは普通のことです。」と答えていました。「その剣を鋤に、その槍を鎌に打ち直す。」…キリストの平和を実践する者になりたいものです。

だれかが観てくださっている…

今日はハートフル英会話があり、オブザーバーの方も含め、大人・キッズクラスあわせて20名の方が来てくださいました。中には「ホームページ観ました」「チラシ入ってました」と言ってくださる方もいて感謝でした。この小さなブログも誰かが観てくれていると思うと励まされます(ほとんど独り言なので)。『あるクリスマスの劇で、マリヤ、ヨセフ、三人の博士…みんな一つずつ配役が決まる中、一人の少女は星を動かす役に。「お母さん、私は今夜の劇で星を動かすから見ていてね。」その夜、劇を観にきた会衆はベツレヘムの星を動かしたのが誰であるか気づかなかったけれど、彼女の母だけは知っていた。そこに少女の喜びがあった。…』松田明三郎先生の詩集を思い出しました。中村哲医師の訃報…本当に悲しいことですが、一粒の種となって豊かな実を結びますように。

福祉施設にキャロリング…

12月最初の水曜祈祷会、イザヤ63章~。神の厳粛なる裁きとイザヤのとりなしの祈り。「彼らが苦しむ時には、いつも主も苦しみ…昔からずっと彼らを背負い、担ってくださった。」神は私たちの苦しみをご存知の方です。それだけでなく、父として私たちを背負い、重荷を担ってくださいます。この御言葉から『あしあと』という感動的な詩も生まれました。私たちも慰めと力をいただいて午後からは地域の福祉施設へキャロリングに行ってきました。バイオリンとフルートの演奏、讃美歌のコーラス、最後は「きよしこのよる」を全員で。ある方は目を閉じて、ある方は涙を浮かべて…耳を傾けてくださいました。こうしてクリスマスの喜びを知らせる御使いのごとく、私たちを遣わしてくださる主に心から感謝です。夜の祈祷会は少し寂しかったですが…神の家族を覚えて祈りました。

いざ、トラクト配布…

12月に入って寒さも一段と増してきました。秋らしい紅葉のきれいな時期は本当に短いですね…。インフルエンザも流行っているとのこと、皆さまのご家庭も守られますようにお祈りしています。さて、クリスマスの諸集会とハートフル英会話冬期クラスのトラクトがやっと届きました。いろいろ段取りが遅くなってしまって今日から配布を開始します(あちこちで配ってくださっている方々、感謝します💦)。すでに子ども会の案内を手にしておられる方もいるかもしれませんが、今度の日曜日の午後2時からKids&Family Christmasがあります。楽しいゲームや人形劇、大人の方には焙煎珈琲とケーキを用意しておりますので、ご家族そろってお越しください。"Christmas"は「キリストの誕生を記念する日」です。教会は本当のクリスマスを準備して、皆さまのお越しをお待ちしています。

ザカリヤの賛歌…

アドベント第一礼拝のメッセ―ジはルカ1:67~『ザカリヤの賛歌』。神はザカリヤとエリサベツの老夫婦に男の子を与えられました。その子の名は『ヨハネ』。父ザカリヤは彼の誕生を喜び、心から神をほめたたえました。その賛美は預言となって今日の私たちにも向けられます。神はご自身の約束を必ず成就され、私たちの救いを完成させてくださり、私たちに福音をゆだねられるのです。「主は私たちを敵の手から救い出し、恐れなく主に仕えるようにしてくださる。」午後からは人形劇の練習やバイブルクラスがあり、さらに夕方からは箕面市地域教会合同のキャロリングに参加。クリスマスの喜びの知らせを思いっきり賛美してきました。教会に戻ってから夕拝までしばらく卓球で汗を流し、夕拝後は一人の青年が受洗の決心をしました…。今日も恵みあふれる一日に感謝です。

カルヴィニズムとアルミニウス…

あまり教会とは関係ありませんが、OCCでドルトレヒト信仰基準400周年記念集会がありました。せっかく東京にきたので昨日は実家に泊り、午後からの牧田吉和先生の講演会だけ出てきました。10年程前に、どうしても先生の『終末論』の授業を聴講したいと思って神戸まで通いましたが、今回もとても心燃やされる講演で、カルヴィニズムの五特質の『心』を再確認しました。夜は『アルミニウスとウェスレー』をテーマに藤本満先生のご講演があり、その後は、牧田先生とのシンポジウムもあるということで120名を超える方が出席されたそうです。…後ろ髪をひかれる思いで、レジュメだけもらって新幹線でひとりワクワク読んでいると、あっという間の大阪でした。先週から少し忙しい日が続いていて頭が切り替わりませんが…さあ、教会もいよいよアドベントが始まります。

キリスト全国災害ネット…

お茶の水クリスチャンセンターでキリスト全国災害ネットの会合がありました。各災害支援団体の代表者42名が出席し、大規模災害に備えての活発な意見が交わされました。東日本大震災、広島土砂災害、熊本地震、広島・岡山の豪雨災害などの経験から災害時における具体的な示唆もありました。関西キリスト災害ネットワークも発足したことを報告しましたが、「関西でそうした教会のネットワークができるのを待っていました」と数人の方から言われ励まされました。南海トラフが発生した場合、想定される死者数は23万人、全壊または焼失する建物は200万棟を超えるとのこと。地球温暖化による台風の巨大化、集中豪雨の頻発化も懸念されています。もしもの時に備えてキリスト教会は何ができるのか…またどんな備えが必要なのか…。まずは協力の輪が広がることを祈っています。

イエスから目を離さないで…

水曜祈祷会はヘブル人への手紙12:1~。信仰によって称賛された多くの証人たちの名をあげた後、著者は「こういうわけですから…私たちも、一切の重荷とまとわりつく罪を捨てて、自分の前に置かれている競争を、忍耐をもって走り続けようではありませんか」と勧めました。人生は短距離走ではなく、マラソンのようなものと言います。しかも途中、さまざまな障害が行く手を遮ることもある。そんな時、大事なのは、信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないことです。イエスはご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをもろともせず、十字架を忍ばれました。主の喜び…それは私たちの贖い、救いの完成、永遠のいのちの希望です。先立つ主はその信仰のレースを途中で投げださずに最後まで走り通しました。この方をいつも見上げながら、今度は私たちの番です。

聖書を学ぶ会…

月に一度の(平日の)聖書を学ぶ会に10名の方が出席してくださいました。創世記4章~。神である主にエデンを追放されたアダムとエバでしたが、主の憐みによって男の子が与えられました。さらに次男も与えられ、最初の兄弟が誕生。しばらくして二人は主へのささげものをしましたが、神が目を留めたのは弟アベルとそのささげものでした。これに腹を立てた兄カインはついに弟を殺してしまったのです。カインに同情する声もありましたが、「なぜ…憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。」と何度も悔い改めに導こうとされる主の呼びかけに、カインはどう応えるべきだったのでしょう。結果、すぐに裁きを下されても文句の言えないカインに、神は猶予期間を作りました。悪者の死より、彼がその態度を悔い改めて、生きることを願われる神の声が聴こえてくるようです。

関西キリスト災害ネットワーク…

今日は神さまが新たな道を示してくださったことを感じた一日でした。関西で大規模災害が発生した時のために、今から教会間の協力体制を準備したい…。夏ごろに全国キリスト災害支援協力会の準備委員会に入れて頂いてからそんなことを祈ってきました。そこにある先生から電話があり、まずは会いましょうということに。すると、先生も同じ思いをもってくださっていたことがわかり、神さまの摂理のようなものを感じました。今日はまず名称と代表と事務局が決まり、今後の方向性なども話し合うことができました。名称は『関西キリスト災害ネットワーク』。もちろん、災害が起きないことが一番ですが、これを機に教会間の新しいネット―ワークができたら励まされる教会も起きてくると思います。まだどうなっていくかわかりませんが、お祈りに覚えて頂ければ幸いです。

来週からアドベント…

11月第四主日、今日は講壇交換で学園前聖書教会の吉田師がメッセージをとりついでくださいました。会堂司ヤイロはイエスさまに一縷の望みをかけていましたが、彼の娘は死んでしまいました。ところが、主はこう言われたのです。「恐れないで、ただ信じていなさい。」人間の常識と神の常識…どちらを選ぶか。信仰の世界を歩もうとするのか、自分が歩んできた人間の世界に舞い戻っていくのか。私たちはどちらか一方の道を選ばなければなりません。ならば、人間の常識を超えて働かれる主イエスの招きに従っていきたいものです。いよいよ来週からアドベントが始まります。礼拝後は、小さな子どもたちも大人の方々もみんなで恒例の大掃除とクリスマスの飾りつけをしました。救い主イエスのご降誕を喜び、感謝し、待ち望む…待降節。この時期、お近くの教会をお訪ねください。

ゴスペルボックス…

今日は8年ぶりに、いのちのことば社のゴスペルボックスが来てくれました。遠くの店まで行かなくても、教会でキリスト教図書が買える夢のような車。北海道から沖縄まで一年で300日以上も教会を巡っておられるとのこと。すでに走行距離も27万kmと聞いてびっくり。ネットで本を買うのが苦手なお年寄りや足の不自由な方には本当に助かると思います。平日の夕方だったのでお客さんは私たち夫婦しかいないのでは…と心配しましたが、神さまはちゃんと必要とされる方々を送ってくださいました。これが昼間だったらきっと通行人の方も興味をもって立ち寄ってくれたのにと思うと少し残念…。皆さんにコーヒーを振る舞った後、私もじっくり見させてもらい、欲しかった本(古書)やクリスマスグッズを手に入れました。活字離れの時代ですが、皆さん、本を購入しましょう。

霊は燃えていても…

災害支援ボランティアは確かにハードな働きですが、一緒のチームになった方々と深く交われることは感謝です。今回は19歳~70歳という年齢的にもバランスの良いチーム編成となり、皆さんスポーツ万能で、さらに素晴らしい救いの証しをお持ちでした。いつも出発するまではいろいろな心配もするのですが、いざメンバーが集められると、クリスチャンの交わり・団結力には本当に驚かされることばかりです。同時に、こうした災害に備えた交わり・ネットワークを関西でも持ちたいと強く思わされました。まずは祈りから…と思っていると、だんだん体のあちこちから悲鳴が。「霊は燃えていても肉は弱いのです」次の日に疲れが出るのはまだ若い証拠…と自分を励ましながら、今日はおとなしくしていました。何とか体調を戻して、日曜のメッセージに備えたいと思います。

災害支援ボランティア…

長野県の赤沼に災害支援ボランティアに行ってきました。台風19号の被害から約1カ月が経ちます。実際に、壊れてしまったお宅や変わり果ててしまったリンゴ畑を見て…あらためて被害の大きさを痛感しました。今回は8人でチームを組み、3つのお宅で清掃作業をさせていただきました。日中作業している時は汗ばむほどでしたが、朝・晩の気温は1~3℃に。このお宅では、一階の天上まで10cmというところまで浸水したそうです。まだまだ手をつけなければならないところがありましたが…後ろ髪をひかれる思いで、次のチームにバトンを託して帰宅しました。リンゴは一度水に浸かってしまうとジャムにもジュースにも使い道がないとのこと…。地面に落ちてしまった無数のリンゴを見ながら、農家の方々の心痛を思いました。続けて、主の慰めと復興のためにお祈りしています。

神は心に聖霊をくださる…

11月第三主日、メッセージはエレミヤ書31:31~。イスラエル(南ユダ)は、首都エルサレムが陥落し、多くの民が捕囚としてバビロンに連れ去られるという悲劇的な時代を迎えていました。しかし、神はそんな彼らに預言者エレミヤを通じて、新しい契約を結ぶと宣言されたのです。古い契約(シナイ契約)は「律法」を十戒の石の板に記して民の前に与えられましたが、新しい契約は「あなたがたのただ中に置き、彼らの心に書き記す」と言われたのです。それは新約の時代、聖霊を心にお迎えすることによって可能となりました。スイスの宗教改革者ジャン・カルヴァンは「聖霊はキリストと我々を有効にご自身と結びつけたもうための絆」と言いました。死において私たちの命は終わっても、聖霊の絆によって死を超えて永遠なる神と結び合わされる。なんと幸いなことでしょう。

新しい契約を生きる…

気温も下がり、日照時間も短くなってきましたが、冬の野菜たちはたくましく成長してきました。街路樹の葉も色づき始め、秋の深まりを感じます。「落花枝に返らず」と似た言葉で「覆水盆に返らず」があります。もともとは、一度離婚した夫婦は二度と元に戻ることはできないですが、そこから一度起きてしまったものは元どおりにならないという意味で使われます。聖書は神と私たちの関係を「結婚」で譬えることがありますが、それで考えると、いつ離婚を言い出されても…愛想をつかされても…仕方がないのかもしれません。もし神との関係が保たれているのだとしら、それは偏に神の愛と忍耐のゆえと言えるでしょう。エルサレムが陥落し、バビロン捕囚を経験したイスラエルの民は、自分たちで選んだ道とは言え、あらためてその後悔の念に駆られていたことでしょう…。

あなたのうちにおられる…

街路樹の葉も日ごとに赤や黄色に彩られて、少しずつ秋が深まっていくのを感じます。秋はなぜか物悲しい気分になりがちです。気温の変化や日照時間が短くなることも原因のようですが、体調を崩しやすいのも大きな要因。なにはともあれ心と体は繋がっているということでしょう。私たちが信じるのは、父なる神、御子なる神、聖霊なる神の三位一体なる神さまです。御父は私たちのために救いの計画を立て、御子は私たちのために十字架にかかり、聖霊は私たちのためにいつもともにいてくださいます。神は目には見えませんが、常に私たちに寄り添い、苦難の時も悲しみの時も気落ちしている時も…ともにいて慰めをくださるのです。「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」目を閉じて、心のうちにおられる聖霊の声に耳を傾けましょう。

神である主は私を…

昨日は関西宣教区の牧師会。早いもので「今年最後の…」という言葉を聞くようになりました。さて、今日の水曜祈祷会はイザヤ50章から。イスラエルの民は、エルサレムの壊滅とバビロン捕囚は自分たちが神との関係を壊し、他の神々に心をゆるしてしまったからだと思っていました。もう絶望的だ…。そんな自暴自棄に陥る彼らに、神は「このわたしは、あなたを忘れない」と言われます。私たちも思わぬ困難や苦しみにあうと、どうしてこうなった…もう絶望的だ…と思ってしまう。でも、まだ終わりではありません。人間的に不可能だと思う状況も、神にとって不可能なことはないからです。苦難の中でこの事を思い出し、この信仰に生きるとき、私たちの心に確信がわいてきます。「神である主は私を助けてくださる」この希望は失望に終わらない、それが聖書の約束なのです。

苦難の先にある希望…

11月第二主日、礼拝メッセージはエレミヤ書29:10~。神に背を向け続けるイスラエルの民に、神の審判としてのバビロン捕囚が下されました。エレミヤは壊滅したエルサレムから、絶望の淵に立つ捕囚の民に手紙を送ります。そこには、遠い異国の地バビロンへ引いて行かせたのは主であること、苦難はやがて終わりがくること、苦難の先に主の計画があること、苦難の中でも信仰を持って生きることが書かれていました。私たちも時に、もうすべてが終わった…と思うような苦難を生きなければならない時があります。そんな時、どうか思い出したい御言葉です。「わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている。」神は我らに心に留めておられる、忘れずに覚えてくださっている。だからこそ、たとえ明日世界が滅びようと…今日私も希望の種を植えたいと思います。

キッズフェスタVol.9…

キッズ&ファミリーフェスティバルvol.9が川西キセラホールで開催されました。テーマは「キャッチ」です。この働きも10年目ですが、去年は台風の影響で中止となったので、9回目のフェスタでした。秋晴れの爽やかな天気のもと、400名を超すご家族が参加してくださいました。Part1は屋外で、さまざまな飲食とゲームの模擬店が並び、Part2は大ホールで、キッズクワイヤー、キッズダンサー、感動のミュージカルと盛りだくさんの内容でした。もちろんバイブルメッセージも語られ、大勢の方々の心に福音の種蒔きができました。準備もなかなか大変で、会場の方にお叱りを受けたりもするのですが、参加した子どもたちとスタッフの先生方の笑顔に励まされて、今年も何とか無事に終了。明日は主の日です。それぞれの教会が祝され、恵みの分かち合いがありますように。

聖書にもいろいろあります…

ハートフル英会話のチャペルタイムで聖書のお話しをさせていただきました。そもそも聖書の原典はヘブル語・アラム語・ギリシャ語で書かれていて、日本語版は翻訳です(私たちの教会で使っているのは新改訳聖書2017版)。あとがきには「原語にあくまでも忠実であり、読みやすく、しかも聖書としての品位を失わない訳文」とあります。ただ…少し物足りないのは資料が乏しいこと。一方で、新世界訳(エホバの証人の方が使われる)も第三版が出たようですが、こちらは資料が豊富でなかなか読み手に優しい配慮が見られます。しかも中身を見ると「地は荒れていて何もなかった」「神が送り出す力」「光よ、輝け」など、思い切った改訂がしてありました。読みやすければいい…ということではないでしょうが、最初に手にするのがどの聖書であるか…ここが大きな分かれ目です。

わたし、このわたしが主…

大阪も朝晩がだいぶ寒くなってきました。今朝は台風の被害に遭われた方々を覚えて祈りました。復旧には時間がかかり、ボランティアも不足しているとのこと。私も何とか時間を作って行きたいと思います。今日の水曜祈祷会はイザヤ書43章から御言葉を分かち合いました。「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」…よく耳にする聖句が幾つも出てくる章ですが、あらためてみんなで読みますといろいろな感想があって深く考えさせられました。主の道に歩もうとせず、その教えに聴き従わなかったイスラエルの民…。にも拘わらず今、「このわたしが主であり、他に救い主はいない。」と主は悔い改めを迫られる。愛される資格のない者を、無条件に愛される神の愛。人間にとっては矛盾でも、神にとっては矛盾ではない。ここに私たちの希望があります。