15日 2月 2019
「今日が人生最後の日と思って生きなさい」という本を何度も読み返します。最後の日を正しく迎えるために一日一日をきちんと終えていく、なんでもない今日に感謝できる人は本当の幸せを知っている、明日の自分に宿題を残さず今日を生きる…など心に残る言葉がたくさん綴られています。先日、競泳女子の池江璃花子選手が白血病と診断されました。18歳の彼女がツイッターで綴った「神は乗り越えられない試練は与えない」という言葉が、彼女をはじめ同じような病と闘っている方々の支えになることをお祈りします。M.ルターも「たとえ明日世界が滅ぶ(人生最期の日)としても私はリンゴの木を植えるだろう」と言いました。リンゴの木が実をつけるには時間がかかる。でも、今日できることを精一杯していく…。そんな生き方をされている方を、私は心から尊敬します。
14日 2月 2019
木曜日はハートフル英会話の一日。教会は祈りや聖書を学ぶだけではなく、人と人とが出会い、互いのフレンドシップを深める所でもあります。大人のクラスでは授業の後にチャペルタイムがあり、講師の先生の完成度の高い手作り教材に感心しました。子どものクラスではバレンタインに因んだオリジナルカードを作り、ネイティブの英語にも自然な会話ができていました。「亘先生、これどうぞ…」と私まで手作りチョコをもらって、子どもたちの優しさに感謝でした。今日はまた、特別な良い知らせもありました。ずっと祈ってきた婦人の方が「やっと抗がん剤治療から解放されました」と本当に嬉しそうに、教会へ報告に来てくださいました。「喜ぶ者とともに喜び、泣く者とともに泣きなさい。」出会いは財産と言ったりするそうですが、教会とはまさにそういう場所です。
14日 2月 2019
今週は少し寒い日が続きましたが、来週は温かくなるとのこと。三寒四温の中…健気に春の訪れを待ちわびる小さな花たちを見ていると、私たちの人生も同じだな…と。昨日の祈祷会はガラテヤ3:15-29より。救いの約束は、アブラハムの時代から変わることなく、今日の私たちにも与えられています。それは、律法を守るとか正しく生きることで与えられるものではなく、ただイエス・キリストを信じる信仰によるものです。「教会の人たちは、皆さん良い方ばかりですよね」と言われる方がありますが、決してそんなことはありません。強いて言えば、神の約束をずっと待ち望んでいる者たち…と言えるのではないでしょうか。「信仰とは何か?」ある方の質問で、あらためてみんなで考えました。神のいない世界ではなく、神がおられる世界を生きる、ここに尽きるように思います。
11日 2月 2019
今日は凛々しいワンちゃんが教会を訪ねてくれました。バレンタインのチョコレートまで届けてくれましたが、あまりに可愛いので食べるのを躊躇するほどでした。午後は関東からのお友だちがちょっと立ち寄ってくれて、どこに行くかと悩んだ末に…伊丹空港スカイパークへ。お天気はイマイチでしたが、時間を忘れて大迫力の飛行機の発着陸を眺めていました。月並みですが、あんな大きな物がよく飛ぶものだ…とあらためて感動するとともに、伊丹空港と言えば一日370回もの飛行機の発着があるとのこと。私のような無責任な見物人とは違って、地元住民の方々のご苦労が心配になりました。教会としては特に何もない一日。こういう日もたまにはいいものですね。
11日 2月 2019
今年もキッズ&ファミリーバレンタインがありました。子どもたちは少人数でしたが、大人の方にも手伝っていただいて、ゲームも大盛り上がりでした。メッセージは使徒の働き20:35『受けるよりも与えるほうが幸いである』から。どうして受けるよりも与える方が幸いなの…?みんなで一緒に考えました。そこで、まず神さまがそれを喜ばれるから、自分も相手も一緒に喜べるから、天国に貯金することだからと3つの話しをし、その後、一つのチョコレートを分け合って食べました。そして、お楽しみの手作りパフェでは、山のようなトッピングをふんだんに盛って飾って食べました。お腹いっぱいになった後は、夕礼拝が始まるまでしっかり身体を動かしての遊び…と、朝からノンストップの一日でした。夕食後はさずがに少し疲れたのか…なんとも行儀の悪い姿で寝てました。
11日 2月 2019
カルヴァンは「賛美とは音楽をともなった祈りである」と言ったそうです。賛美リーダーの方が「十数年ぶりに再会した兄弟とこうして一緒に奉仕ができる不思議を感謝します」と証しされたことにも感動しました。ルカ7:36-50。罪深い女は、イエスの足元に高価な香油を塗りにきました。それを冷ややかな目で見ていたパリサイ人シモンは、自分は正しい人間だと思っていました。そこでイエスは、ある金貸しが500デナリと、50デナリの借金をした者たちをそれぞれ帳消しにしてあげたという譬えをもって悔い改めと信仰を迫りました。多く赦された者は、多く愛する。少ししか赦されない者は、少ししか愛さない。自分はどちらの立場にあるか。「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心していきなさい。」どんな罪人にも感謝と賛美の恵みを与えてくださる主をほめたたえます。
08日 2月 2019
大阪も風は冷たいのですが、北日本の観測史上最低気温の寒波に比べたら、まったく穏やかなものです。教会の草花も春の訪れを感じてか、蕾が膨らみ、花も活き活きとしてきました。昨日は気の早いオオクワガタもひょっこり顔を見せてくれて…温かくなるまでもう少しの辛抱です。今日は親しくしている牧師6人で、今年最初の会合を持ちました。テーマは「教会」に関するさまざまな事柄。時に真剣に、またざっくばらんに…学び合い、分かち合い、祈り合える同労の先生がいるのは本当に感謝です。そして(唐突ですが)明日は私立高校の入試日です。関東は雪がチラつくようですが、教会の受験生たちも寒さに負けずがんばってほしいと思います。「恐れるな。わたしがあなたとともにいる。」こんな時こそ御言葉を思い出して、実力を出しきれるように心から祈っています。
07日 2月 2019
今日の祈祷会は出エジプト記23:14-33。神はエジプトを脱出したイスラエルの民に十戒を与え、また一年に三度、主のために祭りを行なわなければならないと命じられました。ヤハウェなる神の前に祭りを行なうこと、主の御前に立つことは、彼らに与えられた特権でした。ただし「祭り」は、単に行えばいいものではなく、大事なのはその内容だったのです。それは今日のクリスチャンが行なう「聖餐式」にも通じることです。聖餐式は、主イエスが「わたしを覚えてこれを行ないなさい」と定められた聖礼典であり、私たちに与えられた特権です。パンとぶどう酒は、私たちの罪のために裂かれたキリストの身体、流された血潮を表しています。私たちクリスチャンにとって大切なこの記念日を心からの感謝をもって、形骸化という誘惑に陥らずに、恵みにあずかっていきたいものです。
05日 2月 2019
「他人の『死』は経験できても、自分の『死』を経験することはできない(ハイデッガー『存在と時間』)。今、十分に幸せでも、社会的に活躍していても、多くの日本人は「死んだら終わり」というニヒリズムを抱えているのではないでしょうか。この殺伐とした状況から逃れ、宗教や精神世界に救いを求めても、心から納得できる答えを見出せる人は稀のようです。自分の「死」と向き合うことは、「生」の意味を真剣に見つめ直すことでもあります。以前、ある学生が「希望など持っても失望させられるだけ…」と言っていたことが忘れられません。神は、私たちが宗教を持っているかどうかに関係なく、すべての人を愛し、慈しみ、助けたいと願っておられます。その神のことばである「聖書」は、私たちに希望を与えるために書かれた本です。ぜひ一緒に読んでみませんか…。
04日 2月 2019
今日の礼拝ではルカ4:14-30から「称賛と排斥の中で」というテーマでメッセージを聴きました。ガリラヤで宣教を開始されたイエスさまは、カペナウムの町では称賛され、故郷のナザレでは排斥されました。そこには人の噂に左右され、結果で全てを判断する人間心理の本質が描かれています。イエスさまの言葉は、人の噂よりも「今日」主を信じる決断をすること、しるしよりも御言葉をそのまま信じること、頑なよりも柔らかな心で信じることを教えていました。私たちも目の前の結果だけですぐに一喜一憂しないで、その先に現される神の御心を求めていきたいものです。礼拝後は、CS教師会、洗礼準備会、バイブルクラス、囲碁クラス、夕礼拝と(卓球と)…学びと交わりにそれぞれの方が自由に過ごされました。今日も、恵みと祝福に満たされた日曜日を感謝いたします。

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