22日 4月 2019
イースターの青空に十字架の雲が見えました。メッセージのタイトル「心は内に燃えて」について、夕拝後にある青年が「心ってどこにあるのでしょう」と哲学的ないい質問をしてくれました。心を込めて…心を尽くして…と言ったりしますが、それは感情か…人格か…そもそも場所ではないのか…。はっきりした答えは出ませんでしたが、いろいろ話し合っているうちに時間はあっという間に過ぎ…。でも、不思議とある方は「教会に来る前は気持ちも暗かったのですが、なんだか少し元気が出てきました。」と言って帰られました。エマオの弟子たちもそんな気持ちだったのか。確かなことは主はここにもおられて話しを聞いておられたことです。詩篇119:18「私の目を開いてください」聖霊の内住、聖霊の照明を期待して、私も聖書から心の目を開いていただきたいと思いました。
22日 4月 2019
今日は復活祭の礼拝で、アンダンテの格調高い特別賛美がありました。メッセージはルカ24:13~、エマオへ向かう二人の弟子の前に復活の主が現れる場面。ルカの丁寧な描写のお陰で、まるで映画のワンシーンを観ているような思いになります。主は失望落胆して歩く弟子たちに、そっと近づいて声をかけられ、聖書から復活の事実を解き明かし、彼らの心を燃やされました。「我らと共に留まれ、時夕べに及びて、日も早や暮れんとす。」目が開かれた彼らは復活の証人としてエルサレムへと戻っていく…。主は今日の私たちにも同じように働いてくださることを感じました。午後からはキッズ&ファミリーイースターがあって、少人数でしたがその分アットホームないい時間が持てました。劇後のメッセージに真剣に耳を傾けくれて、信仰の決心にもみんなが手を上げてくれました。
18日 4月 2019
今日のチャペルタイムは、レイチェルさんが創世記からお話ししてくださいました。彼女の手作り教材のお陰で天地創造がよくわかりました。さて、イースターも近づいてきたので、子ども会で使う「墓の入口を塞ぐ石」を作りました。ここまで大きくはなかったかもしれませんが…新約聖書の時代は石灰岩の壁に墓が掘られ、その入口には男性が2~3人で動かすほどの大きな石が立てかけてあったそうです。イエスがよみがえられた時、すでにこの石は脇に転がされていました。お陰で香料をもってきた女たちは、墓の中に入ることができ、最初の復活の証人となったのです。私たちの人生にも大きな石が立ち塞がることがあります。でも、神はそれを不思議な方法で脇に転がしてくださるのです。午後はCGNTVの集まりがあり、敬愛する先生方に久しぶりにお会いして感謝でした。
17日 4月 2019
今日の祈祷会はⅠサムエル14章から。宿敵ペリシテ人との戦いを前に、イスラエル初代王サウルと息子ヨナタンの言動はすれ違っていました。父と息子、それぞれ信仰に立って行動したはずですが、もう少し互いを信頼して話し合い、祈りながら進めていたら、周囲を悩ますこともなく、違った展開になっていたはず。私たちも「これは良いことだ」「主のためだ」と思って行動したことが、いつの間にか自分の思いが先行して独断的になっていることがないでしょうか。「あなたのわざを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画は堅く立つ。」教会前を掃除していると、ご近所の方から「お花がきれいですね」と声をかけられ気を良くしましたが、思えば教会の方に相談せずにまた鉢植えを増やしてしまったのはどうなのか…と、早速、自責の念が。失敗から学ばなければなりません。
16日 4月 2019
パリのノートルダム大聖堂で大規模火災が発生しました。原因ははっきりしていませんが、修復には数十年かかるとのこと…。800年も歴史ある世界遺産がたった一日で燃えてしまったのですから、フランス市民のみならずなんとも心痛むニュースです。さて、今日は病院の付添いに行った帰りに、久しぶりにカトリックの黙想の家を訪ねました。静寂な御堂に入ると、自然と祈りの姿勢が整い、心も落ち着き、背筋も伸びるという感じです。今週は「聖週間」ということで何かあるかなと期待しましたが…信者の方が丁寧に説明してくださって、十字架からご復活のことなどいろいろと話せて感謝でした。「父よ。彼らを赦し給え。その為す所を知らざればなり。」しばらく黙想して御堂を後にし、入口の高山右近の銅像に一礼して、途中ミミズクにも見送られながら、帰ってきました。
15日 4月 2019
土曜日はキッズワーシップ集会ARISE...
12日 4月 2019
昨年植えたそら豆はいつの間にか私の身長ほどにも成長しました。少し切った方がいいのかもしませんが。また、スナップエンドウにもたくさんの実がつき始め、あの小さな種がこんなにも大きく成長して実をつけるようになるとは不思議です。一方で、すっかり落葉して枯れ枝のようになっていたキウイ、アジサイ、イチジクにも若葉が出始め、こちらも命の息吹がもどってきました。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」TDLなどの影響か…「イースター」という言葉もだいぶ浸透してきたようで、最近は「イースターとウサギってどういう関係があるのですか」などの質問をよく聞きます。良い影響なのか、悪い影響なのか、よくわかりませんが💦この時期、ぜひその真意はお近くの教会でお確かめいただければ幸いです(^_^;)
12日 4月 2019
2019年度のハートフル英会話春期コースが始まりました。三人の方がオブザーバーとしてクラスに入ってくださり、気持ちも新たなスタートです。最高齢は92歳の方でしたが、「英語をもっと上達したくて」という思いに感服しました。日野原重明先生の「いくつになっても創めることを忘れない」という言葉を思い出し、老いとはどれだけ長く生きたかよりも、どう生きたかの証しなのだと感じました。夕方からはキッズクラスも始まって、元気いっぱいの子どもたちがやって来て、教会が賑やかになりました。クラスが終わった後で、彼らと遊ぶのが楽しみです。少し暖かくなって春を感じたオオクワガタも「僕を忘れてないか」とひょっこり顔を出し、収穫が終わった大根もいつの間にか可愛い花を咲かせ…みんな何かとがんばっているので、私も負けじと夜のウォーキングに。
10日 4月 2019
今日の祈祷会はⅠサムエル記8章から。イスラエルの民は、自分たちの利己的な理由、年老いたサムエルへの不満などから新しい王を立ててくださいと願い出ました。それは民の不信仰の表われであり、サムエルの背後にある主を退けることでした。ここをきっかけにイスラエルの歴史は「王制導入」という大きな転換期を迎えていきます。変えるべきは社会体制だったのか、それとも民の態度だったのか。たとえ神の御心であったとして勇み足にならないようにしたいもの。あらためて自分にも置き換えて考えさせられる箇所でした。午後は土曜日のARISE本番に向けて6時過ぎまでKFSMのミーティング。夜の祈祷会は少数精鋭でしたが、豊かな夕食を頂いた後、しっかり御言葉の分かち合いと祈りの時間がもてました。「しかし、わたしの願いではなく、みこころがなりますように。」
10日 4月 2019
年度が替わる春は何かと気忙しいものです。学校では入学式も終わって、そろそろ新学期が始まる頃でしょうか。さっそく学校に行くのが辛い子たちもいるようですが…まぁ無理をしないで、気長に新しい環境やクラスメイトに慣れて行けたらいいですね。私もこの時期、なんか身体も重く、しっかり寝ているのに疲れが取れない感じです。これも「春眠暁を覚えず」の影響なのか。今日は先延ばしにしてきた教会車の乗り換え手続きに奔走しました。今の車も次の車も譲渡していただいたものなので、名変などの手続きが少し厄介で往生しました。そんな日にCGNTVの撮影もあって…てんやわんやの一日。こんな日こそ、「落ち着いて、信頼すれば、力を得る。」です。明日の祈祷会で静まって御言葉を分かち合うのが楽しみ。午後はなが~いKFSMミーティングもありますが💦

さらに表示する