ブログカテゴリ:2018年下半期



30日 11月 2018
教会の近くあるクリスチャンの方が経営されるディサービスに時々手伝いに行っています。今日はお天気も良く「紅葉狩り」にご一緒させて頂きました。もうかれこれ一年が経ちますが、人生の先輩方から学ぶことは多く、病気や体調、戦争体験や家族への思いなど、いつも貴重なお話しを伺います。そして、スタッフの方々の働く姿も「仕える」ことの模範のようです。「あなたは白髪の老人の前では起立し、老人を敬い、またあなたの神を恐れなければならない。」聖書は、年上の先輩を敬うように命じています。それは、やがてだれもがたどる道であるからです。まさに光陰矢の如し…。然れど、今は神が与えたもう「命」を感謝して使わせて頂きたいと思います。
30日 11月 2018
アドベントを前に地域でのトラクト配布を行っています。トラクトにはクリスマス諸集会とハートフル英会話の案内が載っています。ハートフル英会話では、オーストラリヤ人のレイチェル先生が大人クラスを、アメリカ人のホゼア先生がキッズクラスを担当してくださっています。ぜひ無料体験クラスをお試しください。隔週で15分ほどのバイブルメッセージもあります。永遠のベストセラー『聖書』は、生活に役立つ珠玉の言葉で満ちています。明治維新の立役者たち、福沢諭吉、大久保利通、西郷隆盛、勝海舟…他にも数え切れないほど、近代日本の発展に大きく貢献した偉人たちが『聖書』から影響を受け、その人生観を大きく変えていったのです。
28日 11月 2018
水曜祈祷会ではⅡコリント11章から「苦難のしもべの道」というテーマで学びました。教会の中で傍若無人に振る舞う偽使徒たち、それを耐えているコリントの信徒たち。その状況を思い浮かべるパウロの憤りは、いかばかりだったでしょう。ここでは、偽使徒たちの言動とパウロの言動を比べてほしいという堪り兼ねたパウロの本音が垣間見られます。それは単なる苦労話ではなく、キリストに従うゆえの苦難のしもべの道です。「彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、」いつの時代も、信仰に生きようとするなら世との軋轢はさけられないのかもしれません。でも、そのような中で…私たちも弱さのうちに現れてくださるキリストの力を体験したいものです。
27日 11月 2018
宗教改革者のマルティン・ルターは「私にはあまりにも仕事があり過ぎて、一日三時間は祈らないとやっていけない」と言ったそうです。牧師としては耳の痛い言葉ですが…確かに忙しい時こそ静思の時間が大切です。ある方の「神は御心を決めておられる。それが変えられないなら何のために祈るのですか。」との質問を思い出しました。大きな課題と向き合っているからこその言葉でした。その答えとなるかはわかりませんが、キルケゴールはこう言ったそうです。「祈りは神を変えず、祈る者を変える。」祈りに祈りぬくというのは忍耐がいります。でも、どうかあきらめないでください。このところいい天気が続いているので、思い立って床のワックスがけをしました。
26日 11月 2018
今日の収穫感謝記念礼拝では、「私たちの必要のための祈り」というテーマでメッセージを聴きました。生活の必要、罪の赦し、試みからの救い、あらためて私たちが日ごとに祈るべきことを確認しました。クリスマスを前に「使徒信条」「十戒」「主の祈り」と駆け足でしたが、御言葉から学ぶことができて感謝でした。いよいよ来週からアドベント(降誕節)が始まります。新しい会堂になって二度目のクリスマス。礼拝後には恒例の大掃除と飾りつけ、そしてトラクト配布に勤しみ、みんなでイエスさまのご降誕を覚えて準備しました。「汝に選ばれ汝に近づけられて大庭に住まう者は幸いなり。」このクリスマス、皆さまと教会でお会いできるのを楽しみにしています。
26日 11月 2018
11月も終わりが近づいてきました。秋の過ごしやすい時期はあっという間です。人生で為すべきことができるのもそう長くはないかも…ならば、為すべきことを。ふとそんなことを考えます。ジェームス・バリーは「幸福の秘訣は自分がやりたいことをするのではなく、自分がやるべきことを好きになることだ。」と言ったそうです。新渡戸稲造も「…天命を喜びつつその任にあたるのが、人間に生まれた義務なのだ」と。なるほど、そんな生き方ができたら幸いです。この点について、聖書は少々厳しく告げます。「なすべき正しいことを知っていながら行わないなら、それはその人の罪です。」主よ、為すべきことをなさしめたまえ…と祈りつつ、歩んでいきましょう。
22日 11月 2018
祈祷会はⅡコリント6章から「つり合わないくびき」をテーマに学びました。朝は「どうして心が狭くなるのか…」を中心に、夜は「不信者とのつき合い…」を中心に話しが広がりました。パウロは「不信者と、つり合わないくびきをともにしてはいけない」(6:14)と命じる一方で、「それは一切つき合わないようにという意味ではない」(Ⅰコリ5:10)とも言っています。この一見矛盾するような言葉をどう理解するか。聖書は、人には矛盾でも、神には矛盾ではないことに満ちています。すぐに理解できる御心もあれば、少し時間が経たないと、あるいは御国に行かないとわからない御心もある。神の知恵とこの世の知恵の接触点など…。聖書は実に奥深い書物です。
20日 11月 2018
…朝の光が眩しい。冬が寒いほど、春の優しさが身に染みる。人生にはつらく悲しい出来事や思い通りにならないことがたくさんある。泣きたくなった時は、その気持ちに素直に立って思う存分泣くことが大事。自分の中の悲しみや悔しさと向き合えば、その先には必ず本当のよき訪れがある。105歳の日野原重明先生の言葉です。特に病との戦いは、人にはわかってもらえない、言い知れない苦しさがあると思います。教会はただ祈っています。快復を信じて…。奇跡は誰にでもそう簡単に起こるものではないかもしれませんが、いつの時代も奇跡としか言いようのない体験をする人がいます。それは、自分で握りしめている問題を手離して、全てを神にゆだねきった人です。
19日 11月 2018
今朝の礼拝では「主の祈り」からメッセージを聴きました。父なる神が祈りを待っておられること、自分のことを口にする前にまず神をあがめること、御心に生きることの大切さを学びました。夜の礼拝では齋藤五十三宣教師が宣教報告とメッセージをしてくださいました。14年3カ月に渡る台湾でのご苦労…人は荒野で神と出会うこと、主の訓練には必ず意味があることを教えられました。メッセージ後の分かち合いでも、主任牧師の説教は「朝ごはん」と話してくださり、なぜか…とても励まされました。斎藤先生も今回のデプテーションで宣教師としての働きは一区切りとなり、これからは神学校教師としての働きが始まります。本当に長い間…お疲れさまでした。
16日 11月 2018
今日はまるでトルストイの「くつやのマルチン」のように、代わる代わる教会を訪ねてくださる方がありました。律儀で真面目すぎる青年は、一緒にお祈りした後…心の霧が晴れたように爽やかな笑顔で帰っていきました。聖書配布を使命とされるご年配の方は、「私が洗礼を受ける時は仏壇を焼いたもの」と話してくださり…今後の宣教について色々ご指導くださいました。小さなお子さんのいるお母さんは、少しお疲れを覚えているようでしたが…御言葉から慰めを受けることができたようです。十字架のもとで、いろいろな方との交わりが与えられ、私の方が励まされました。神さまが「あれはわたしだったのだよ」と夢の中で語りかけてくださるような一日でした。

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