





1月第四主日、今日もこの時期にしては温かな穏やかな一日でした。礼拝メッセージはルカ7:18-35から。牢獄にいるバプテスマのヨハネは遣いを送り、イエスさまに疑念をぶつけました。「おいでになるはずの方は、あなたですか。それとも、ほかの方を待つべきでしょうか。」ヨハネは自分が語ってきた預言と、実際のイエスさまの言動があまりにも違うので、確かめたいと思ったのでしょう。これをヨハネの不信仰だと決めつける解釈もありますが、信仰の世界には真剣さのゆえに、熱心さのゆえのつまずきということがある…という言葉に私も共感します。続く箇所を読めば、イエスさまがいかにヨハネの信仰を評価しているかがわかります。いい加減にしたくない、真剣だからこそ神に対して疑念を持つ…それは仕方がないことではないでしょうか。イエスさまも十字架にかかられる前に、ゲッセマネで夜を徹して祈られました。「父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの願いではなく、みこころがなりますように。」みこころがなるように…私たちも仕方なくではなく、希望をもって神の御心を受け入れていく信仰を持ちたいものです。