7月第四主日、猛暑日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。早いもので7月最後の主日礼拝でした。メッセージはへブル書12:4ー11から。手紙を受け取る読者たちは信仰者ゆえに厳しい迫害と圧迫の中を歩んでいました。著者はそんな彼らに箴言のあの言葉を忘れていませんかと呼びかけます。「わが子よ、主の訓練を軽んじてはならない。主に叱られて気落ちしてはならない。主はその愛する者を訓練し、受け入れるすべての子にむちを加えるのだから。」苦しみがあっても悲しみがあっても、主の愛が消え去ってしまったのではない、主は愛する者を訓練される。いや、愛するがゆえに訓練されるのです。それは神が私たちを子として扱っておられるから、ご自分の聖さにあずからせようとしておられるからです。そしてその訓練には目的があります。苦しみは苦しみで終わらない。むしろ、苦しみを経た者に義という平安の実を結ばせ、希望の道を与えられるのです。礼拝後、ある方から、神は戦争もむちとして与えるのですかと聞かれました。戦争はあくまで人間が起こしているものです。ただし、神はそれをじっと見ておられて、やがてこの全世界に介入して来られるのです。






