10月第一主日、小雨の降る朝でしたが、午後からは雨も上がりさわやかな風が吹いていました。今日も初めて来られた方も久しぶりに来られた方も大勢の方がともに集い、三回の礼拝を献げました。メッセージはマラキ書1章から「わたしはあなたがたを愛している」という神の溢れる愛で始まります。この動詞は完了形でした。でも、民の心は動きません。「どのように、あなたは私たちを愛してくださったのですか」その時代、神殿再建によって一度は引き上げられた民の信仰でしたが、なお続く貧しさや困難の中で次第に衰えていました。その結果、祭司をはじめ民の礼拝は形骸化し、神への献げ物も律法の遵守も軽視され、神への背信行為が繰り返されていたのです。そんな罪に無頓着になっている民の心を呼び覚ますために、神はマラキを預言者としてお遣わしになりました。時に過激とも思える辛辣な言葉で主の怒りを伝える一方で、厳しい言葉の背後には神の溢れ出る愛が示されています。愛するからこその厳しい言葉です。どんなに時代が変わっても変わらないもの、それが神の愛です。人生は悲喜こもごもですが、私たちもこの愛に信頼して歩んでいこうではありませんか。












