からだのよみがえり…

4月第三主日、今日も初夏を思わせるような温かい一日でした。礼拝メッセージはⅠコリント15章29節から。パウロは、コリントの教会で『死者の復活はない』と主張する人々がいることを聞いていました。もし死者がよみがえらないのなら、人生は『今だけ』のものとなり、苦しみや犠牲を伴う生き方は意味を失ってしまう。でも、復活があるからこそ、今の労苦には永遠に続く意味があり、神はすべてをご存知であると語りました。私たちクリスチャンの決して失われない希望、それが復活です。反対者たちの『肉体が完全に腐り果ててなお、人がよみがえるなど果たしてあり得ようか』と主張に対し、パウロは「あなたが蒔くものは、死ななければ生かされません」と答えます。種は土に蒔かれると外から見えば死んだようですが、そこから全く新しい命が芽生える。まさに復活とは、単に元のからだに戻ることではなく、神によって新しい体が与えられることです。それは、もはや罪から解放された栄光のからだ、そのゴールはキリストに似た者となることです。私たちもこの復活の希望を胸に、御霊によって日々新しくされる歩みにともに踏み出して行こうではありませんか。