2026/06/29
6月第四主日、明け方まで激しい雨が降っていましたが、礼拝が始まる頃には雨も上がり、爽やかな風が吹く一日となりました。今日も多くの方々が教会に集われ、礼拝ではピリピ2:1ー11から「教会の一致」というテーマでともに御言葉に耳を傾けました。詩文体で書かれたこの箇所は『キリスト賛歌』としてよく知られ、福音の中心が凝縮された大切なところです。教会が真に一致するための鍵は、私たち自身の努力や熱心さではなく、福音そのものにあります。まず、キリストがご自身を低くし、十字架に至るまで従われたこと。そのへりくだりと愛によって、私たちは救いにあずかることができました。ここに教会の愛と一致の源泉があります。この神の大きな愛を受けていく時、私たちは少しずつ造り変えられ、自分中心ではなく、互いを愛し、仕え合う者へと導かれていきます。その恵みをあらためて心に刻む礼拝となりました。礼拝後は、美味しい昼食を囲み、午後の交わり会、夕礼拝、そして夕食会まで、一日を通して豊かな恵みとFellowshipの時が与えられました。新しい一週間も、主がともに歩んでくださることを信じ、感謝をもって歩んで行きたいと思います。
2026/06/27
関西にも台風7号8号が近づき、各地で大雨となって警報が出ています。また、関東地方では震度6弱の地震があり、その後も余震が続いているようです。自然災害のニュースを聞く度に不安や恐れを抱く方も多いことでしょう。でも、聖書には「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」とあります。主ともにいませば、恐れはあらじ。どのような状況の中でも、主を見上げ、平安のうちに歩ませて頂きたいと願います。
2026/06/24
6月第四水曜祈祷会、Ⅰ歴代誌24章から。祭司とレビ人の組分けとくじについて御言葉を心に留め、神の家は一人ひとりの忠実な奉仕によって支えられ、建て上げられることを学びました。また、今日は午後から有志で地域のデイサービスに慰問コンサートに行きました。バイオリン、フルート、ギター、オカリナの演奏、カエルのうたの輪唱、ふるさとの合唱と盛りだくさんの内容で、会衆の皆さんも参加された姉妹たちもみんなで温かい時間を過ごしました。
2026/06/23
6月第三主日、雨も上がり、爽やかな風が吹く一日、今日は父の日賛美礼拝がありました。父親のイメージは一人ひとり違うようです。厳しく導いてくれた父、優しく守ってくれた父、言葉は少なくても背中で愛を示してくれた父。一方で、父親に対して痛みや傷を抱えた方もいます。十分な愛を受けられなかった、家族としての責任を果たしてくれなかった…など。どんなに愛情深くても地上においては完璧な父親はいません。でも、聖書は、私たちに決して変わることのない完全な愛を持っておられる天の父がおられることを教えています。神は御子イエス・キリストを遣わしてくださるほどに私たちを愛してくださいました。クリスチャンとはその愛を受けた者として、神の子どもとして新しい人生を歩むように招かれた者です。「福音にふさわしく生きる」とは、何か失敗のない、完璧な人生を生きなさいということではありません。天の父の大きな愛に応えて、どんな時も主に信頼して、主とともに歩んで行くことです。今日は久しぶりの青年が教会に訪ねてきてくれて、バイブルクラス、夕拝と、聖書のメッセージを聴いてくれて嬉しかったです。恵みいっぱいの一日でした。
2026/06/20
教会の英会話で長年講師をしてくださったご夫妻が母国へ帰国されることになりました。様々なご家庭の事情がありながらも、笑顔を絶やさずに隣人に神の愛を伝える姿はまさに宣教師でした。さて、梅雨に入りじめじめとした天気が続きますが、この時期思い出す聖歌は「雨を降りそそぎ」です。神の恵みが雨のごとく降りそそぎ、多くの人が救いに導かれるように…。神に愛されることに条件は要りません。ぜひ明日の礼拝で一緒に賛美しましょう。
2026/06/18
6月第二水曜祈祷会、Ⅰ歴代誌19章から。ダビデの善意に対して、ハヌンが無礼で返し、大きな戦いに発展していったところを見ました。だれの声を聞くかで、ハヌンは道を誤ってしまい、取り返しのつかない結果を生じてしまいました。今ならまずChatGPTに聞くというのが無難なのかもしれませんが、その分、神により頼むことが遠のいてしまうように思います。とは言え、教会の新しい機会の使い方が難しくて、チャッピーに助けてもらっている日々です。
2026/06/12
6月第二主日、曇り空でしたが、さわやかな風が吹く一日、今日も大勢の方々が集い、ともに主なる神さまを礼拝しました。礼拝メッセージはピリピ1章12ー26節から、「生きることはキリスト」というテーマで御言葉を聴きました。ローマの牢獄に監禁され、死刑さえあり得る状況の中で、パウロは不平ではなく、「福音の前進」「生きることはキリスト、死ぬことは益です」と告白しました。それはパウロのやせ我慢ではなく、キリストによって支えられた人生観の表れでした。困難の中でも福音に立つこと、キリストを人生の中心とすること、そして隣人への愛の奉仕に生きること。この三つは別々の生き方ではなく、「生きることはキリスト」と言う信仰の姿です。私たちも、日々の歩みの中でキリストを人生の中心に置き、その愛を受けて隣人を愛する者へと導かれていきたいと思います。今日も新しく来てくださった方、久しぶりに来てくださった方、賑やかな一日でした。また、午後からは箕面福音教会で牧師就任式もありました。明るくて若くてとてもさわやかな牧師がいます。教会の雰囲気もよく、賛美も豊かです。ぜひお近くにお住いの方はのぞいてみてはいかがでしょう。
2026/06/12
使徒の働き8章26~40節、ピリポが荒野に遣わされ、エチオピア人の宦官と出会う場面。宦官は礼拝からの帰り道、イザヤ書を読んでいました。そこでピリポが彼に、「読んでいることが分かりますか」と尋ねると、「導いてくれる人がいなければどうして分かるでしょう」と答えます。こうしてピリポの個人伝道が始まり、宦官は救いに導かれていったのです。いつ読んでも感動的な話し。私たちも、語るべきことは聖霊が教えてくださることを信じて…。
2026/06/11
6月第二主日、今日は時折雨の曇り空の一日でしたが、今日はアメリカから12名のミッショントリップチームを迎えて、いつも以上に賑わいのある礼拝となりました。一人の青年が「救いの証し」をしてくれましたので、宜しければ動画をご視聴ください。礼拝メッセージはピリピ1章1ー11節から。パウロの第二次宣教旅行の際に、ピリピの町で紫布商人のリディア、牢獄の監守たちとその家族が救われ、教会としての歩みが始まりました。あれから約10年、パウロはピリピ教会の現状を知って手紙を書きました。「キリスト・イエスにあるすべての聖徒たち」手紙の冒頭には感謝と確信と祈りが綴られています。但し、この手紙を書いているパウロはローマの牢獄の中にいました。キリストを宣べ伝えたがゆえの苦難です。でも、手紙には神への不平や不満の言葉は一切ありません。むしろ、『喜び』という言葉が16回も書かれているのが印象的です。パウロの喜びは環境や状況によって左右されるものではなく、キリストに望みをおく者に与えられるものでした。私たちも、自分の立派さではなく、主の一方的な恵みによって『聖徒』と呼んで頂ける幸いを感謝したいと思います。
2026/06/06
教会のデボーションは使徒の働き7章から。最初の殉教者ステパノの証しが続きます。あらためて旧約聖書を土台として、使徒たちの時代、新約聖書、そして今の時代があることを思います。『過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる』ヴァイツゼッカーの言葉が心に残りました。さて、教会も映像関連の工事が完了し、新体制が整いました。明日はアメリカから12名の青年たちも礼拝に出席します。ともに集える恵みを感謝し、新しい出会いにも期待します。