5月第二主日、今日は母の日歓迎礼拝でした。私たちに母を与えてくださり、いのちを与えてくださった神に、心からの感謝を覚えて礼拝を献げました。礼拝メッセージは1コリント16章5ー12節、パウロは自分がコリントに向かう計画があることを伝えます。パウロはコリント教会の中にが混乱が起きていることを聞いていたので、一刻も早く再訪し、じっくり交わりを持ちたいと願っていたのです。でも、すぐにはいけない事情もありました。それは、今いるエペソで福音宣教の絶好の機会が来ていることと、反対者も大勢いることでした。それでもパウロは、焦る様子も矛盾を感じる様子もありません。「主がお許しになるなら」この言葉が、彼の信仰の土台でした。つまり、自分の計画や予定よりも主の御心を第一にしていたのです。神は苦しみのない場所だけで働かれる方ではなく、むしろ、罪と混乱、痛みと悲しみの中でご自身を現わされる方です。パウロは、若く臆病なテモテと雄弁家のアポロのことも記しますが、まさに神は不完全な者を用いて御業を進められる方です。教会とは、あくまで「完璧な人たちの集まり」ではなく、「救いを必要とする者たちの集まり」なのです。






