主に信頼する者とは

教会の礼拝ではさまざまな方々が賜物を用いて仕えてくださっています。今日の賛美リーダーの奉仕は結婚生活54年を迎えるご夫妻が担当してくださいました。忠実に礼拝をささげ、夫婦で互いに主にお仕えする姿は私たちの良き模範となっています。感謝いたします。今週はヒゼキヤの話しから「主に信頼する者とは」というテーマで御言葉を心に留めました。

 

『主に信頼する者とは』Ⅱ列王記19:14-19(メッセージ要約)

私たちの神、主よ。どうか今、私たちを彼らの手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、主よ、あなただけが神である事を知りましょう。

 南ユダ王国のヒゼキヤ王は、偶像礼拝を排斥し、モーセ律法を堅く守りました。そんな神の前に忠実に歩んでいた彼にも暗雲が立ち込めてきます。列強国アッシリヤの台頭です。立ち向かう術もなく、隣国の助けも期待できない状況の中で、敵国からは神を侮蔑するような言葉で降伏を求められます。ヒゼキヤは激しく心を痛めますが、そんな窮地の中にもなおひとつの道がありました。イスラエルの神、主に依り頼むことです。彼はそこで洗いざらいすべてを打ち明ける祈りを捧げると、主は彼に答えられ、苦難の日を賛美の日に変えられるのです。私たちの人生にも、絶体絶命のような状況を味わう時があります。でも、「信仰」とはそれでもなお主を信頼することです。ローマ15:13。聖書は、そういう者を神は決して失望させることはないと教えているのです。