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今日は朝から冷たい雨が降る一日でした。教会のデボーションはヨブ記35章~。苦難の中で、神よりも自分の方が正しいと思っているヨブに向かって、エリフの言葉が続きます。彼は、人はみな、苦しみの中で泣き叫んだり、助けを叫び求めりするものですが、本当の意味で神を求めているのではないと言います。それは言わば本能的なものであって、信仰を働かせての祈りではない、今のヨブはそのような人々と同じではないかというのです。このようにヨブを責めた後で、エリフはこう諭しました。「しかし訴えは神の前にある。あなたは神を待て。」神はご自分のしもべの叫び声を聞き洩らすような方ではない、神はご自分から関わりを断ち切ることはない、私たちの救いのためにはどんな犠牲を払うことも厭わない、だから神を信頼して待ち望めと諭したのです。祈っても状況が変わらないと思う時こそ、私たちが真の信仰を養う時。私たちの祈りは神の御手の中にあるのです。