2026/06/06
教会のデボーションは使徒の働き7章から。最初の殉教者ステパノの証しが続きます。あらためて旧約聖書を土台として、使徒たちの時代、新約聖書、そして今の時代があることを思います。『過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる』ヴァイツゼッカーの言葉が心に残りました。さて、教会も映像関連の工事が完了し、新体制が整いました。明日はアメリカから12名の青年たちも礼拝に出席します。ともに集える恵みを感謝し、新しい出会いにも期待します。
2026/06/04
今日の水曜祈祷会は特別プログラムとして玉井千尋氏を招いて講演会をして頂きました。おもに精神障がい者施設ホサナホームでの働きから学ばれたことをご紹介頂きました。ご関心のある方はぜひ検索してみてください。また、同時に教会の映像工事が入りました。今まで歌詞などを映していたプロジェクターはモニターに変わり、カメラとスイッチャーも新しくなり、少し雑音が入ると言われていた音響も改善されました。次の日曜礼拝が楽しみです。
2026/06/02
5月第五主日、大型の台風が近づいているからか…曇り空の湿度の高い一日でした。礼拝メッセージは使徒の働き16章25~34節から、パウロとシラスのピリピ宣教を見ました。二人の宣教によって、まず紫布商人のリディアとその家族が救われます。そしてそのすぐ後、パウロたちは占いの霊につかれた女奴隷と出会い、彼女を憐れんで悪霊を追い出してあげました。でも、それに腹を立てた主人に訴えられ、不当な裁判の末に、彼らは激しく鞭打たれ、投獄されてしまったのです。普通ならそこで不平や怒りの言葉が出てきそうなところ、彼らの口からは祈りと賛美があふれていました。その時、大地震が起こり、牢獄の扉が全部開いてすべての囚人の鎖が外れてしまいます。それは、まさに神のご介入でした。目が覚めた看守は事態の大事さに気づき、責任を取って自害をしようとしたのです…。その続きはぜひYouTube動画をご視聴いただければと思います。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」主イエスを信じるとは、苦難の中でも神を信頼すること、神の救いの計画を信頼すること、この方を人生の主とし、自分自身を主に委ねることです。
2026/05/30
教会のデボーションは使徒の働き4章から。ペンテコステの日に初代教会が誕生し、生まれつき足なえの男の癒しなど素晴らしい御業が起きました。でも、それから弟子たちに対する風当たりが厳しくなり、迫害の中での宣教となります。それでも彼らは福音を語ることをやめず、ますます多くの人が救われていったのです。私たちも聖霊の働きを受けて大胆に福音を語っていきましょう。来週の水曜祈祷会は特別プログラムです。ぜひご参加ください。
2026/05/26
5月第四主日、今日は聖霊降臨日(ペンテコステ)記念礼拝を献げました。イエス・キリストは死からよみがえっ、弟子たちの前に現れ、40日間ともに過ごし、天に昇られました。そして、その10日後に弟子たちの上に聖霊が降り、ペテロが力強くメッセージを語ると、その日3,000人が救われて初代教会が誕生しました。イエスさまの十字架を見て、恐くて逃げだした弟子たちが、ほんの数日の間に、死をも恐れない勇敢な弟子に変えれれたのは、聖霊が彼らに臨んだ確かなしるしです。聖霊は、イエスさまが言われた通り、弟子たちの霊の目を開き、真理に導きました。パウロもその一人です。厳格なユダヤ教徒だった彼は、復活の主の出会って目から鱗が落ちるような体験をし、イエスこそ主であることを知り、キリスト者となりました。そのパウロがコリント教会に宛てた手紙の最後の部分を読みましたが、そこには牧会者パウロの温かい愛とキリストの恵みが満ちあふれていました。昔も今も、人間が集まるところには問題も起こります。でも、教会は立派な人たちが集まるところではなく、神の愛を受けた者たちの集まりですから、一致の秘訣も聖書の中に描かれているのです。
2026/05/23
教会のデボーションは使徒の働き1章から。イエスさまが天に上られた後、弟子たちは心を一つにして祈っていました。それはイエスさまが「父の約束を待ちなさい」と命じられたからです。今まで一緒だったイエスさまがいなくなって、彼らは、これからどうなるのだ…と不安を感じていたでしょう。でも、彼らは主のことばを信じて待ち続けました。そして、そんな彼らの上に聖霊が降ったのです。信仰生活も野菜も、待つことの大切さを教えられます。
2026/05/20
5月第三水曜祈祷会、今日も日中は30度…真夏を思わせる暑さでした。デボーションはⅠ歴代誌14章から。イスラエルの王となったダビデは、エルサレムを新都に据え、家庭も祝され、順調な歩みを始めます。でも、そのような時にペリシテ人が攻め上ってきました。この窮地にあって、ダビデは神に伺いを立て、御心を求めました。そして見事、ペリシテ人を打ち破ると、主に栄光を帰したのです。そんな彼の姿から信仰者としての大切な姿勢を学びました。
2026/05/19
5月第三主日、さわやかな初夏の風を感じながら、主の御名を賛美する礼拝を献げました。今日は小さな子どもたちも一緒に献げる礼拝でした。礼拝メッセージは詩篇100篇から。礼拝とは何ですか…と聞かれたらどのように説明するか。静かにしてる時間、座ってお話しを聞く時間…など、いろいろありましたが、聖書はこうあります。「全地よ 主に向かって喜びの声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。」 つまり、礼拝とは第一に主を喜ぶことです。第二に主を知ること、そして、第三に感謝をささげることです。もちろん、私たちの毎日には、悲しい時も苦しい時もありますから、主を喜べない、賛美もできない、礼拝に行く元気もないという時もあるでしょう。それは正直な気持ちであって、悪いことではありません。それでも教会に来ると思い出すかもしれません。どうして、神さまは喜び歌いつつ御前に来さないと言われるのかを。イエスさまの十字架がきっと教えてくれると思います。神さまが私たちを愛され、赦され、導いてくださっているからです。今日は新来者の方も、久しぶりの方も来られて、いつも以上に恵みいっぱいの日曜日でした。
2026/05/16
今日は最高気温が31。初夏の陽気の中、教会の花たちも見頃を迎えています。いつも足をとめて花を眺め、『きれいですね』と声をかけてくださるご婦人が、今日こんなことを話してくださいました。『いつか教会に行ってみたいけど…私、クリスチャンじゃないからダメよね』もちろん、そんなことはありません。教会は、クリスチャンだけでなく、どなたでも来て頂ける場所です。花を眺めるように、ふらっと立ち寄ってくださったら嬉しいなと思いました。
2026/05/14
5月第二水曜祈祷会はⅠ歴代誌9章から。神殿礼拝において、レビ人たちが多種多様な奉仕に当たっていたことが記されています。人目につく奉仕もあれば、人目につかない奉仕もあったでしょう。でも、そうした一人ひとりの奉仕があってこその礼拝でした。今日の教会も、多くの方の奉仕と祈りがあって礼拝が行われています。中でも、最も大事なのは祈りの奉仕です。隠れたところで見ておられる方が、そのお一人ひとりに報いてくださいますように。

さらに表示する